概念のないところに概念を作る。築地の名を背負い、カナダで挑む水産業の世界
# 11 Takuya Hikita / TSUKIJI FISH MARKET Inc
今回のゲストは、カナダ・バンクーバーで水産物の卸売商社「TSUKIJI FISH MARKET Inc.」を経営する疋田拓也さん。東京都世田谷区出身、日本の水産系卸売会社でサラリーマンを10年間経験した後、カナダへ移住し起業しました。生食文化のない国で「概念のないところに概念を作る」挑戦を続け、水産×教育×自然をテーマに次世代へ海の豊かさを伝える。疋田さんの人生ストーリーに迫ります。
目次
- 魚嫌いから水産業へ。父との釣りが人生を変えた
- 10年のサラリーマン生活を経て、家族とともにカナダへ
- 概念のないところに概念を作る。生食文化を根付かせる挑戦
- 「5日後に食べたい」。文化の違いを乗り越える工夫
- 寿司のヒエラルキー。本物の真髄を守る意義
- 水産×教育×自然。魚を獲る過程に学びがある
- さいごに
- The Stories視聴特典のご案内
| 疋田拓也(ひきた・たくや) 東京都世田谷区出身。大学で海洋学を専攻後、水産系卸売会社に10年間勤務。2018年12月にカナダ・バンクーバーへ移住し、TSUKIJI FISH MARKET Inc.を設立。水産物の卸売業を経営しながら、2025年の12月にはレストランとリテールストアをオープン。「海活」として文化や世代間を超えて自然との共生を考える活動も展開中。 |
魚嫌いから水産業へ。父との釣りが人生を変えた
――小さい頃はどんな性格でしたか?
小さい頃から魚が好きで、スポーツも好きで、結構外で何かするのが好きな子どもでした。サッカーを中心に、テニスと空手、キックボクシングなどをやっていましたね。
――魚に興味を持ったきっかけは何だったのでしょう?
一番最初は、魚がむしろ嫌いだったんです。父の実家が静岡の沼津で、父と釣りに行ったときに初めて自分で魚を釣って。
日本人の「いただきます」の精神というか、その魚を「食べてあげる」というのも必要なことだと思って、自分で釣った魚を初めて食べたときに、美味しいことに気づきました。そこから魚がどんどん好きになっていきましたね。

――その後、大学でも海洋学を専攻されたんですよね。
はい、大学ではマリンバイオロジー(海洋学)を学んで、その後水産系の卸売会社に就職しました。
サラリーマンを10年間やった後、結果的にこの地で起業という形になりましたね。
10年のサラリーマン生活を経て、家族とともにカナダへ
――日本を離れてカナダに移住しようと思ったきっかけを教えていただけますか?
サラリーマン時代、5年間は市場の業務、残りの5年間は輸出入の舞台にいました。
そのときちょうど子どもが2人生まれていて、海外出張が多く、家に妻と子どもを残していく生活が増えていったんです。
自分自身が海外に移住して拠点を移したほうが、家族としても幸せなんじゃないかと思って。そこからカナダに移住して起業していくという気持ちに、だんだん変わっていきました。
――カナダとは仕事上でのやりとりが既にあったんですか?
出張でカナダに鮭やいくらの買い付けに行くことがあり、日本と行き来していたので、なんとなくのイメージは持っていました。
ただ住むのと行くのではだいぶ違うので、結構大きく生活が変わりましたね。
――移住に対するご家族の反応はいかがでしたか?
意外と、「え?」という感じではなかったです。
徐々に自分がカナダで起業をしたいという話はしていたので、妻も両親も、「やりたいのであれば、挑戦してみたらどうか」と背中を押してくれました。

――起業資金はどのように準備されたんでしょうか?
サラリーマンだった時にひたすらお金を貯めて、それを使いました。
当時はカナダドルが75円の時代だったので、完全に自己資金で独立起業しましたね。
――法的な手続きも大変だったのでは?
カナダに親戚や知人がいるわけではなかったので、法律のことも会社を作ることも、全て0→1で調べる必要がありました。
特にカナダの役所は、人によって言っていることや解釈が違ったりするので、ライセンスを取るうえで大変でしたね。
今ならAIに聞ける時代ですが、当時はそういうのがなかったので、人に聞きながら一つずつ解決していきました。

概念のないところに概念を作る。生食文化を根付かせる挑戦
――海外でビジネスをするなかで、最も難しかったのはどんなことですか?
概念のないところに概念を作るというところですね。
前提条件が文化や人種によって異なるなかで、自分が持っている常識は世界の非常識みたいなところを、どう飲み込みながらローカライズしていくか。
ローカライズしすぎると差別化につながらないので、行きすぎずにうまい塩梅でやっていくのが難しさでもあり、楽しさでもあります。
――「概念のないところに概念を作る。」とても興味深いです。具体的には、どんな場面でそれを感じましたか?
日本であれば寿司や刺身があるので身近に生食文化がありますが、カナダはそうではありません。魚の取り扱いも、生食を前提とした流通過程ではないんです。
氷の当て方や魚の締め方など、文化に紐づいて魚の取り扱いは決まってくるので、その辺が水産の仕事をするうえで試行錯誤がありました。
――お客さんもゼロからのスタートだったと思うんですが、最初はどうやって?
何もお客さんもいないところからでしたが、自分が自信を持っていたのは、魚に対する愛情と知識でした。
それをもって顧客と話せば、通ずるところはあるのかなと思いました。
――最初から手当たり次第に営業されたんですか?
高級なお寿司屋さんやレストランを中心に回りましたね。
こだわりがある人たちに自分が持っている知識を伝えることで、相手の本気度に応えられるような流通業者でいれば、勝ち筋はあるのかなと。
――会社名が「TSUKIJI FISH MARKET Inc.」ですが、これには何か想いが?
元々勤めていた会社が「築地魚市場」という会社で、私の会社は「TSUKIJI FISH MARKET Inc.」。
「プライドを背負って出ていきます」というのを元々の会社にも伝えたうえで、この会社名を名乗っているんです。

――なるほど……築地での経験が、カナダでも活きているんですね。
そうですね。競りをやっている市場というのは日本的な概念で、カナダにはありませんが、ニュースで見たことがある人もいて。「そこで働いていたんだよ」と話すと、お客さんに伝わりやすいです。
「5日後に食べたい」。文化の違いを乗り越える工夫
――具体的な販売の場面で、工夫されたことはありますか?
商品を食べてもらう前の説明の仕方次第で、料理の出来栄えも変わってくるので、そこは慎重かつ丁寧に行いました。
海藻も、そもそも食べ物なのかというところからのスタート。火を通さなければいけないのか、生で食べられるのか、そこから説明していく必要があります。
――カナダのお客さんから、思わぬ質問をされたことはありますか?
生の魚を買ったカナダ人のお客さんから、それを5日後に今から食べようと思うんだけど、と連絡をいただいたことがありました。
日本人だったら一番鮮度のいい時に食べましょうというのは前提としてありますが、賞味期限が生の魚にはないので、5日経って冷蔵庫にただ入れていただけのものを、どう食べればいいんだろうと聞かれたりしました。
――5日後! それは驚きですね。他にも文化の違いで戸惑ったことはありますか?
匂いが気になるという点で、マンションに住んでいる方だと魚が焼けない。焼いたらアラームが鳴るとか、隣の人から苦情が来るとかですかね。
焼き魚を家庭でというのが難しいので、今は湯煎で調理できるものや電子レンジで調理できるものを提供することで対応しています。
寿司のヒエラルキー。本物の真髄を守る意義
――疋田さんが日本食文化を海外に伝えるうえで、大切にされていることは何でしょうか?
日本食がいろいろな形でローカライズされたり解釈されるのは、良いことだと思っています。
ただ、本物や真髄という核となる部分を知ったうえでカスタマイズするのと、知らないでカスタマイズされてしまうのは全く違う話なんです。
魚に対する知識やプライドを持ったうえで、それを時代に合わせて変えていくのは大切ですが、売れるから、目立つからというだけで変えてしまうのは、伝統に対するもったいなさを感じます。
――以前「寿司のヒエラルキー」というお話をされていたと聞いたんですが。

そうですね。魚偏の寿司が一番上にあって、次にコトブキの寿司、一番下にローマ字の寿司があるかなと。
店舗の多さでもこういう形になっていて、最初に営業をかけたのも上の「鮨」の、本当にプライドを持ってやっている人たちです。
――なるほど、3つの階層があるんですね。
「sushi」の階層が悪いわけではなく、それもすごく大切なんです。
ただ、そこだけに着目してしまうと日本の本当の良さや伝統の部分が失われてしまう。だからこそ、「sushi」をやるとしても、「鮨」にある本質や真髄は大切にしていきたい。
自分がカナダで「TSUKIJI FISH MARKET Inc.」という名前を掲げてやっている理由の一つですね。
水産×教育×自然。魚を獲る過程に学びがある
――お仕事以外で「海活」という活動もされていますよね。
海の活動を通じて文化や世代をつなげる活動を、「海活」と名付けています。ビーチクリーンナップや対話会などですね。
家族で過ごす時間を作ろうと思って始めたんですが、子どもたちは友達もいた方が楽しいんじゃないか、その友達たちもビーチクリーンナップをやりたいと思っているならみんなでやっていけばいいんじゃないかと。
だんだん輪が広がっていって、今は14、15回もやっています。
――どれくらいの規模で活動されているんですか?
大体毎回20名から、多い時は50名くらいでノースバンクーバーを中心に、リッチモンドやスティーブンソンなどで活動しています。

――素敵ですね! そんな疋田さんの、今後のビジョンについてお聞かせいただけますか?
ただ魚を獲って販売するのではなく、魚を獲るという過程に教育的要素や学びの要素があるので、そこにフォーカスしたいんです。
そうすることで、海を守るとか自然に興味を持つ気持ちが自然と生まれると思います。
――「水産×教育×自然」というテーマですね。
そうですね。ただ魚を販売する行為を続けるのではなく、環境保全や持続的生産を踏まえたうえで、水産物×教育×自然という私たちがテーマに掲げているものを、水産・魚を中心に組み立てていく。
それがこれから先も続けていくことですし、大切にしていきたいことですね。
――2025年12月には、レストランをオープンされましたね。
はい。ノースバンクーバーにある「TSUKIJI KITCHEN」というお店です。レストランの2階を使って、レセプションや食のアンテナショップのような形で活用していきます。
イベントのような一過性で終わってしまうのではなく、長きにわたってその商品や文化を伝えていく仕組みを作る。それが「TSUKIJI KITCHEN」をオープンさせる意義ですね。

――最後に、海外起業を目指す方にメッセージをお願いします!
自分が「やりたい」と思うのであれば出ていくべきだし、出ていける時代だと思います。
同時に日本に対する見方も、出ることで日本を俯瞰してみる目が育つので、一度出て仮に失敗したとしても、その目や視点を持って日本に帰ることで、また日本で新しいビジネスもできるかもしれない。
失敗で終わらせるんじゃなくて、それも一つの過程として受け止めて、最終的には自分が進みたい方向や本当にやりたいことを実現できるように進んでいけたらいいんじゃないかな、と思います。
さいごに
疋田さんのお話で印象的だったのは、「概念のないところに概念を作る」という言葉でした。
生食文化のない国で、魚の取り扱いから調理法まで一つひとつ丁寧に説明し、本物の日本食文化を伝え続ける姿勢には、築地で培った知識とプライドが込められています。
そして疋田さんのビジョンは、単に魚を販売することにとどまりません。
魚を獲る過程に教育的要素があり、そこから海を守る気持ちや自然への興味が生まれる。「水産×教育×自然」というテーマは、ビジネスの枠を超えた挑戦です。
家族のために移住を決意し、自己資金で起業し、文化の違いを乗り越えながら事業を続けてきた疋田さん。その背景には、魚嫌いだった少年時代に父との釣りで感じた「いただきます」の精神があります。
The Stories behind my story視聴者限定特典!
2025年12月にオープンした「TSUKIJI KITCHEN」にて、この動画をご覧になった方にラテまたはコーヒーを無料でご提供いたします! ぜひ足を運んでみてください。
また、オンラインショップでは新鮮な水産物をお届けしています。詳細はTSUKIJI FISH MARKET Inc.のホームページをご覧ください。
TSUKIJI FISH MARKET Inc.
ウェブサイト:https://tsukiji-fish-market.com/
