カルガリーに日本人の居場所をつくりたい|裏方で動き続けた一人の留学生の軌跡!
#8 Tomoyuki Honda / Ryugaku YYC
今回のゲストは、石油産業で知られ、経済的発展を続けるカルガリーで、留学生の未来を支え続ける『RYUGAKU YYC』代表、 Honda Tomoyukiさん。彼のミッションは、ただの留学支援ではない――“人生の分岐点を、共にデザインする”こと。その挑戦の裏にある想いや葛藤、誰も知らない人生のストーリーに迫ります。将来の海外起業家やビジネスオーナーの方にとって、実践的なアドバイスやインスピレーションがたくさん詰まっています。
目次
Q. 最初に自己紹介をお願いします。
カルガリーで留学エージェントの「RYUGAKU YYC」を経営している本田と申します。カナダには18歳の時に2003年に来て、今年で22年間ずっとカルガリーに住んでいて、留学エージェントを経営する以外にもファイナンシャルプランナーの資格を持って活動したり、ボランティアでカルガリーにあるCalgary Japanese Community Associationという日系の会館の理事をしていたり、カナダのよさこいチームを立ち上げて運営もしています。


Q. 生い立ちからお伺いできればと思います。
僕は日本の愛知県の豊橋に高校生までずっと住んでいました。
(子供の頃はどんな子供でしたか?)
高校までなので、あまり覚えているわけではないんですけど、結構活発なほうではあったと思うし、友達との付き合いも普通にしていたし、中高はずっとハンドボールをしていて、6年間本当に部活少年みたいな感じでしたね。
Q. カナダに来ることになったきっかけは何かありましたか?
17歳のときに仲の良かった友達から急に「2人でロサンゼルスに遊びに行こうぜ」みたいなことを言われて、そのとき初めて海外に友達と2人で行って、ユニバーサルスタジオに行ったり、 一人でうろうろしたり、バス乗ってみたり、英語をそのとき全く喋れなかったんですけど、やっていけるんだなと思い、海外に行ってみるのもいいんじゃないかな思ったことが 1つのきっかけでした。
僕の行っていた高校はそこまで頭の良いところではなくて、中の上ぐらいのところだったんですけど、周りの進学とか見てたときに、ほとんどみんな受験ではなくて推薦でそこそこのところに行くことが多くて、これからずっと豊橋にいて就職してそのままということになったときに、ちょっと先が見えるのはつまらないなと思って。
ちょうどそのときに友達が留学するという話を聞いて、僕も興味を持って、もしここで留学をしたら、もうちょっと今よりは見えない将来があるんじゃないかなと思ってカナダに来ることを決めました。
Q. 一番最初にカルガリーへ来たときは、学校へ行きましたか?
そうですね、友達がカルガリーに行くという話をして「お前行かんの?」と言うから、僕も話だけ聞くよと(エージェントに)行ってみたら、「あなたの行く学校はここでいい?」と聞かれ、「大丈夫です、一応親に聞いてきます」と言って親に持っていきました。 親も「留学OK」といった感じで、僕もびっくりするくらい反対されなかったので、そのおかげでこうやってカルガリーに来られました。
最初に渡されたのが大学附属のESL(語学学校)の資料で、そこが今の僕の母校でMount Royal College(現University)で最初は2年の短大を出ようかという話をしていて、その予定でESLに通って、そのまま入学をして4年ぐらい行っとこうかみたいな感じで4年制のほうにして卒業した形になります。
(きっかけとなったご友人も 一緒にカナダへ行きましたか?)
その友達だけじゃなくて、留学エージェントの人が一緒に英語も教えていて、週に1回そこに英語を勉強しに行ってた時に、僕たち以外にも2人の子がいて合計4人で一緒のESLに行って、最初はみんなESL終わったら短大に進もうねって話してたんですけど、なんだかんだ1年経ったら1人去って、 また1人、また1人といった感じで、今となっては4人の中で僕だけがカルガリーに残っている 形になります。
「誘ったのに帰るの?」みたいなところはちょっとあったんですけど、ただ最初に来たときに思ったことが、高校時代とかって周りに合わせて生活することがすごく多くて、グループで友達と遊ぶことがあったんですけど、カナダに来て、この4人の友達だけじゃなくて、現地の人たちと会ったり、他の留学生と会ったりしたときに、自分を自分として見てくれることがすごい嬉しかった。18歳の僕ではあったんですけど、僕の話を聞いてくれて、その上で友達になってっていう人たちがその頃にはすごくたくさんできていて、そういう経験というのは本当に新鮮で、もちろんその4人の友達が1人ずつ帰っていくっていうのは、悲しかったし寂しかったけれど、それ以上にその間にできた友達が、僕にとっては大切な存在の人たちが多かったので、帰ろうということにはならなかったかもしれないですね。

(カナダに来て文化の違いで驚いた経験はありますか?)
こっちの人たちってすごく話しかけてくれたりするし、聞いてもない話が20分~30分盛り上がる人もいるので、人が温かかったりするところが大きいかなと思います。
Q. 大学留学時代
僕の大学生活は、アルバイトにかなりの時間を使っていました。大学構内でケータリングの仕事をしていて、週に40時間ほど働いていたんです。当時の時給はまだ7.90ドルと、とても安かったんですけれど、それでもなんとか家賃などの生活費は自分で稼いで支払っていました。
ほぼ常に学校内でカートを押して働いていたので、授業中も準備ができていなかったり、疲れていたりすることも多かったです。でも、先生たちも「君、いつも頑張ってるね」といった目で見てくれて、そういった意味では一応、学業との両立はできていたのかなと思います。もちろん、かなり努力した部分もあったと思いますし、無事に卒業できて本当に良かったと思っています。
( カナダに来た時の英語レベルは?)
毎週少しずつでも勉強を積み重ねていたことが、今思えば良かったのかもしれません。ざっくり言うと「大したことない」英語力で来て、特に移民するまでは、本当に“英語との戦い”だったという感覚が強いです。
最初はESLの中で下から2番目のクラスに入ってだいぶ苦労しました。ようやく周りと比べてそこそこ話せるようになってきたなと思った頃に、カナダの大学に進学して、クラスメイトのほとんどが現地の学生で、留学生は僕しかいないような状況でした。
普段は明るい性格なんですが、授業でグループワークになると英語が話せなくて、グループの中で“喋らないやつ”になってしまったこともありました。そういうのは、本当に悔しくて、「もっと英語を勉強しなきゃいけないな」とバネになったところもありました。そのおかげでそのあと勉強するようになったと思います。
あとは、大学の寮に住んでいたとき、現地の学生の友達がたくさんできて、みんなで遊ぶときには「よし、遊ぼう!」と声をかけると、バーンと人が集まってくるような、にぎやかな生活をしていました。そういった友人たちとのコミュニケーションも、英語力の向上に大きく影響していたのではないかなと思っています。

Q. 大学卒業されてからカナダで就職活動をされたという形ですか?
そうですね。こちらで大学を卒業する頃には、僕の友達は日本で20歳~22歳のときにもう卒業していたので、周りから見ると「海外で大学に行って卒業して、すごいよね」と言われたりすることもありましたが、僕の中ではコンプレックスというか、結局周りがもう働き始めているのに、自分はこのままこっちで大学を卒業して日本に帰ったとしても、「ただ英語が喋れて大学を出ただけの人」みたいな感じになってしまう。それじゃダメだなと思って、まずはこっちで就職経験を作るべきかなと思いました。だから、就職活動はカナダで基本的にやってみようと考えました。
実際に就職して働いた後に、「せっかく就職までしたから、移民したい」と思うようになって、移民するまでは1つ1つやりたいことのゴールがあって、実際それを達成してきたんですが、実はその「移民した」という地点がスタートラインでした。そこから、生活をしていく「どんな仕事をしてもいいし、何をやってもいい」という環境をやっと手に入れて、初めて「この先、何をしよう」と考えるようになったんです。そのときにカルガリーという街自体の情報って、今でもまだ全然ネットなどに出てこないと言われているんですけど、僕が来た当時は本当に情報がなかったので、全く分からない街という状態で来ました。そんな経験があったからこそ、「これから来る人たちには、もっとカルガリーのことを知ってもらいたい」と思って、大学を卒業してすぐに留学エージェントを立ち上げようと考えました。それが27歳ぐらいのときでした。
実際ビジネス登録までいって、色々とやったのですが、いきなりゼロからスタートするのはすごく大変だとわかりました。学校とのやり取りだったり、バックグラウンドや経歴がなかったりと、留学エージェントを自分でやるのは難しいと感じ、そこで一度諦めました。そのとき、今ファイナンシャルプランナーとしても活動しているのですが、ちょうどその仕事を紹介してもらって、営業回りをしているときに、ダウンタウンにある留学エージェントのオーナー(韓国人の方)と知り合いました。当時はリーマンショックの影響で、留学に来る生徒が少なくなっているときで、その会社も「昔は日本人を扱っていたけど、今はやっていないよ」という話でした。そこで「僕、留学エージェント元々やりたかったから、良かったら手伝わせてください」とお願いして、日本人向けの留学サポートをさせてもらうことになりました。その後、コロナの影響で留学エージェントのオフィスが閉じることになり、「じゃあこのタイミングで起業するか」という形で、独立することになりました。

前にいた会社では韓国マーケットしか扱っていなくて、日本人向けのサポートのやり方などの指示はほぼゼロの状態でした。だから「あれをやって、これをやって」と指示されるよりも、「好きにして」という状況から始まったので、すべてを一から作り上げたという感じです。正直、起業してからは前の会社でやっていたことを引き継いでいるだけなので、もちろん会計や事務手続きなどの面での変化はありますが、留学エージェントとしての大変さや始める難しさは、前の会社で経験した時が一番大きかったかなと思います。
Q. 起業後、営業やマーケティングなどはどのように進めていったのでしょうか?
例えば最初は、日系のフリーペーパーを全部集めて、そこに載っていた連絡先に電話やメールをして、「こういうものです。これから留学エージェントを始めますので、よろしくお願いします」とご挨拶していきました。また、営業についても、自分はカルガリーにいるので、日本に対してどう営業すればいいのかもよく分からなかったのですが、結局すべて自分で考えるしかなくて、とにかく提携できる日本の留学エージェントがいないかなと探しました。
「カルガリーにお客さんを送ってもらえたら嬉しいです」「カルガリーについて知りたければ、何でも聞いてください」と連絡したりしていました。すべてが手探りのスタートでした。あとは、頼まれたことには「とにかくやる」と言ってから考える、という感じで今に至ります。
(起業した当初に1番辛かったことや困ったことは?)
僕は18歳でカナダに来ているので、日本で会社勤めをして営業した経験もなく、メールも書いたことがありませんでした。だから、自分なりに書いたつもりでも、文章に稚拙な部分があったりして、すごく苦労しました。学校とのやり取りも一から始めるところが多かったので、そういう面ではすごく大変だったと思います
Q. 事業への思いをお聞かせください。
今回、流れで留学エージェントを始めることになりましたが、最初は「僕がやらなくてもいい」と思っていたんです。というのも、カルガリーに来る人たちに対して、しっかりとしたサポートがどこかで受けられたり、困っている人たちがどこかを通して情報を得られるような状況であれば、僕がやる必要はないのではないかと考えていたからです。
ただ現状では、カルガリーの情報はまだまだ集まらず、ほとんどの留学エージェントは、日本、バンクーバー、トロントに集中してある状態です。自分が留学生だったときのことを考えると、カルガリーに来た後に分からないことが出てきて、そういうサポートは現地にいる人しかいないんですよね。だから他の人がやるまでは、僕がやろって、これから来る人たちが安心して来られるようにしたいと考えました。
僕はESL(語学学校)→大学→就職というプロセスを経て今があるので、この経験は必ずしも他のエージェントが持っているものではないし、これから海外に出て留学したいという人たちに対して、その先に僕はいると思っているから、この経験がきっとこれから来る人たちのためになるのではないかと思っています。
だから、今こうして留学エージェントを起業してやっているわけです。



Q. 他にもカルガリーでいろいろ活動されていると伺いました。そちらについても教えていただけますか?
先ほどお話しした「Calgary Japanese Community Association」で理事をしています。昔はカナダに強制収容といった、カナダでの日本人の歴史には暗い部分もあるんですが、そういう人たちが日本を忘れないようにと作られたものが立ち上げられたものがこういった日系コミュニティの始まりです。今はだんだん時代が変わり、そういった背景を持つ方々のためのコミュニティが必要なくなってきた一方で、僕たちのような新しい移民の人たちは、カナダに来た時にどこに頼ればいいのか、どこに行けばいいのか分からないという状況があります。
そこで僕が作りたいのは、日系会館がその架け橋となって、「ここに来れば新しい出会いがある」というような場になってほしいという思いから活動しています。僕が参加した当初は、日本語を話すのは僕だけで、他はほとんど現地の日系人のおじいちゃんおばあちゃんたちでした。そんな中で、どうやって現地の日本人コミュニティを作るかを考え、最終的には理事に就任するまでになりました。

Q. よさこいの活動もされていると伺いました。
これは実は日系会館の理事になる前の話です。毎年、カルガリーでは「Calgary Stampede」という北米最大の屋外イベントが開催されます。10日間にわたってさまざまなショーが行われ、初日にはダウンタウンで大規模なパレードがあるんです。地元企業や多国籍のコミュニティ、馬なども参加するのですが、そのパレードを見に行ったとき、「日系コミュニティって出てないよね?」という話になりました。
そこで、「じゃあ、僕が出します」と言って、出すことにしました。よさこいチームを作って、踊ったら楽しいんじゃないかと思ったんです。僕は人集めが得意なので、周りのコミュニティに聞いて「とにかく俺はこのパレードに出たいからチームに入ってくれ」と、参加人数が25名と書いてあったので、とにかく踊り子をさがさないといけないぞと思い、本当に知り合い全員に声をかけて「よさこい一緒に踊りましょう」と誘い、無事よさこいチームがそこから始まりました。
そのとき本当に恵まれていたなと思ったのは、「やりたい」と思った時に、周りが手伝ってくれて、それを実現できたことです。自分の中でも次になにかやりたいとなったときに「じゃあやってみよう」と繋げられる経験になったんじゃないかなと思います。


Q. 今後の人勢やキャリアにおいて、ビジョンをお聞かせください。
1番最終ポイントにあるのは、「自分の生活を豊かにしたい」という思いがあります。それはお金ではなく、周囲にいる人たちに、いろいろなプロフェッショナルな方が増えて、楽しい生活が送れたらいいなと考えています。だから、留学エージェントとしても、この街がとても好きだからこそ、もっと多くの人にカルガリーに来てくれればいいな思っています。
僕は勝手に「カルガリーの観光大使」だと思っているぐらいの気持ちでカルガリーを紹介しています。僕の留学エージェントを通しても通さなくても、もっともっと日本からスキルのある人たちに来てもらって、ここでどんどん大きなことを始めてもらったり、「カルガリーという留学に向いているがあるんだ」と知ってもらえたら、十分だと考えています。
Q. 本田さんの人生を一言で表すと?
「チャレンジ」ですかね。いろんなことにチャレンジし続けてきた人生でしたし、「やりたいことがある。じゃあ、どうやってそれを達成すればいいか」を常に考えてきたことが僕の今までしてきたことなんじゃないかなと思います。
(海外で何かやりたいと考えている人に向けて、アドバイスをお願いします。)
「起業をする」ことを重要に思うんじゃなくて、まず「自分がやりたいこと」だったり、「自分をやりたいことをできる環境があるのか」を探すことがすごく重要だと思います。だから、誰かに雇われるとしても、その雇い主の考えが自分と合っているなら、それでいいと思うし、もしそうでなければ、じゃあ自分でやれば良いんじゃないのと思うんですね。
「起業したい」「自分の会社を立てたい」というところが先に来るのではなく、「何がしたいか」が先に来ることが重要なんじゃないかと僕は思います。

本日はありがとうございました!
The Stories behind my story視聴者限定特典!
先着10名様限定、現地エージェントが案内するカルガリー無料ツアー!
今回のThe Storiesのインタビューを見た方に、本田さんによるカルガリーのダウンタウンやおすすめスポットを案内する30分程度の無料ドライブツアーをご提供!
カルガリーに少しでも興味を持った方や、既にカルガリーに来てどうすればいいか分からないという方も、ぜひWebサイトもしくはInstagramからDMやメールからお気軽にご連絡ください!

| 会社名 | Ryugaku YYC(リュウガクYYC) |
| 代表者 | Tomoyuki Honda |
| 所在地 | 2 1923 32ST SW Calgary AB(ホームオフィス) |
| 電話 | (403) 561-8575 |
| メール | ryugaku.yyc@gmail.com |
| 事業内容 | アルバータ州専門留学エージェント 語学留学、サマーキャンプ、高校留学 |
| Webサイト | https://ryugakuyyc.com/ |
@ryugaku.yyc![]() |

